こんにちは!
トレーナー育成講師の井上裕司です。
「脂肪=太る・体に悪い」はもう古い? 脂質は、生命を支える「超効率的」なエネルギー戦略
脂肪には「不健康」「ダイエットの敵」といったマイナスイメージがつきまといます。しかし、最新のスポーツ科学において、脂質は単なる貯蔵庫ではなく、私たちの体を守り、動かすために欠かせない「賢いパートナー」であることが分かっています。
今回は、脂質の意外な役割から、エネルギーとして燃焼されるまでの緻密なメカニズムを紐解いていきましょう。
1. なぜ脂肪は「水に溶けない」のか? そのメリットとは
脂肪の最大の特徴は、その「疎水性(水に溶けない性質)」にあります。炭素と水素が長く連なり、酸素が少ないこの構造は、生命にとって非常に合理的なメリットをもたらします。
- 驚異のエネルギー密度:水分を含まずに蓄えられるため、糖質(1gあたり4kcal)の2倍以上(1gあたり9kcal)のエネルギーを、コンパクトに貯蔵できます。
- 浸透圧への影響が少ない:水に溶けないため、大量に蓄えても細胞の水分バランスを崩しません。
- 多機能な素材:細胞膜の材料として構造を安定させたり、断熱材や衝撃吸収材(皮下脂肪)として内臓を守ったりと、多方面で活躍します。
2. 脂肪は「内分泌器官」:全身に指令を出す司令塔
近年、脂肪細胞は単なる「油の袋」ではなく、ホルモンを分泌する「内分泌器官」であると考えられるようになりました。脂肪からは、レプチン(食欲抑制)やアディポネクチン(代謝改善・血管保護)といった重要な物質(アディポカイン)が分泌されています。
興味深い研究報告もあります。持久的トレーニングを積んだラットの脂肪組織を、運動不足のラットに移植したところ、移植された側のラットでもグルコース(糖)の取り込み能力が向上したというのです。これは、「運動によって質が良くなった脂肪」が、全身の代謝を改善するメッセージを発信している可能性を示唆しています。
3. 脂肪が燃えるまでの「4つのハードル」
脂肪をエネルギーとして使うには、複数の関門を突破しなければなりません。
① 分解(リポリシス)
脂肪細胞の中性脂肪は、まず「脂肪酸」と「グリセロール」に分解される必要があります。運動時のアドレナリンやカフェインはこの分解を促しますが、分解された脂肪酸が使われなければ、再び中性脂肪に合成されてしまいます。「分解=即・燃焼」ではないのが注意点です。
② 筋肉内の脂肪(IMTG)の活用
脂肪は脂肪細胞だけでなく、筋肉の中にも「筋中中性脂肪(IMTG)」として蓄えられています。特に持久系アスリートはこのIMTGを上手に使いこなす能力が高く、低~中強度の運動において、即戦力のエネルギー源として活用されています。
③ 血液による輸送:タンパク質という「タクシー」
血液は水分がメインであるため、水に溶けない脂肪酸は一人では移動できません。そこで、血液中のたんぱく質である「アルブミン」がタクシーの役割を果たし、筋肉へと運びます。
さらに筋肉に取り込まれる際は、CD36やFABPpmといった専用の「輸送ゲート」を通過します。これらはトレーニングによってその数や働きが高まることが分かっています。
④ ミトコンドリアへの取り込み(カルニチン・シャトル)
脂肪燃焼の最終舞台は細胞内の発電所、ミトコンドリアです。ここで最大の門番となるのが「CPT1・CPT2」という酵素です。
脂肪酸がミトコンドリアの膜を通過するには、カルニチンと結合する必要があります。このプロセスは脂質代謝の「律速段階(全体のスピードを左右する最も重要な工程)」と呼ばれています。
4. カルニチンを摂れば脂肪は燃える?
「カルニチンを摂れば痩せる」という説は、このCPTの働きに基づいています。理論上は正しいのですが、実際には「輸送ゲートの数」や「ミトコンドリア自体の量」など、他にも多くの制限要因があります。サプリメントだけに頼るのではなく、運動を組み合わせて「脂肪を使える体」そのものを作っていくことが不可欠です。
まとめ|脂質は、賢く慎重に扱われる「一級品」のエネルギー源
- 疎水性だからこそ、コンパクトかつ安定したエネルギー貯蔵が可能。
- 単なる倉庫ではなく、代謝をコントロールするホルモンを出す「賢い組織」。
- 燃やすには段階が必要。特に輸送体やミトコンドリアの働きが重要。
- トレーニングは、これら一連の「脂質を使うルート」を太く、スムーズにする。
脂肪を「悪」として遠ざけるのではなく、適切な食事と運動によって、その優れた機能を最大限に引き出す。これこそが、健康でタフな体を手に入れるための王道と言えるでしょう。
※本記事は、新R25に掲載された実績を持ち、トレーナー養成スクールの講師としても活動する井上裕司が監修しています。
健康・栄養・トレーニングに関する一般的な情報提供を目的としており、医療上の診断や治療を目的としたものではありません。
体調や症状に不安がある方は、必ず医師や専門の医療機関にご相談ください。
【引用論文】
- Stanford, K. I., et al. (2015). Adipose tissue transplantation to influence whole-body metabolism. Conference on Adipose Tissue. (脂肪移植と代謝改善の研究)
- Glatz, J. F., et al. (2010). Fatty acid transport across the plasma membrane: protective role of fatty acid-binding proteins. Proceedings of the Nutrition Society. (脂肪酸輸送体CD36等の研究)
- Stephens, F. B., et al. (2007). New insights concerning the role of carnitine in the regulation of fuel metabolism in skeletal muscle. The Journal of Physiology. (カルニチンと筋肉代謝)
- Horowitz, J. F. (2003). Fatty acid mobilization from adipose tissue during exercise. Trends in Endocrinology & Metabolism. (運動中の脂肪分解と動員)


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