こんにちは!
トレーナー育成講師の井上裕司です。
――超高齢社会日本における「筋肉の老化」がもたらす本当の問題――
「最近、つまずきやすくなった」
「歩く速度が遅くなった気がする」
「階段を上るのが少し億劫になった」
こうした変化を、多くの人は「年のせいだから仕方がない」と受け止めてしまう。しかし、その“ささいな違和感”の裏で、静かに、確実に進行している現象がある。それがサルコペニアである。
サルコペニアとは、加齢や疾患、低栄養、活動量の低下などを背景として生じる、筋肉量・筋力・身体機能の低下を指す医学的概念だ。決して一部の高齢者だけの問題ではない。実際には40代以降から徐々に始まり、気づかないまま生活の質を蝕んでいく。
筋肉は、私たちの身体を動かすためだけの存在ではない。立つ、歩く、食べる、呼吸する、さらには代謝や免疫、認知機能の維持にまで深く関わる、いわば「生命活動の基盤」である。その筋肉が衰えるということは、生活の自由度そのものが失われていく過程に他ならない。
超高齢社会を迎えた日本では、要介護状態に陥る原因として、転倒・骨折、運動器疾患が大きな割合を占めている。そしてその背景には、サルコペニアという“見えにくい病態”が存在していることが、近年の研究によって明らかになってきた。
本来、サルコペニアは「防げる老化」である。正しい知識を持ち、適切な運動と栄養、そして早期からの気づきがあれば、その進行を遅らせ、時には改善することさえ可能だ。しかし現実には、専門用語の壁や情報の断片化によって、多くの人がこの重要な問題を十分に理解できていない。
本ブログでは、サルコペニアを単なる医学用語としてではなく、私たち一人ひとりの人生と直結するテーマとして捉え直す。最新の研究知見を踏まえながらも、専門外の方にも理解できる言葉で、「なぜ起こるのか」「何が問題なのか」「今、何ができるのか」を丁寧に解きほぐしていく。
筋肉の衰えは、ある日突然起こるものではない。
だからこそ、今この瞬間から知ることに意味がある。
この先の人生を、自分の足で、自分らしく生き続けるために――
まずは、サルコペニアという静かなリスクに、目を向けるところから始めてほしい。

1.なぜ今、サルコペニアが注目されているのか
日本は世界でも類を見ない速度で高齢化が進行している。平均寿命が延びる一方で、「健康寿命」との差が大きな社会課題となっている。その差を生み出す要因の一つとして、近年強く注目されているのがサルコペニア(sarcopenia)である。
サルコペニアとは、加齢や疾患、低栄養、活動量低下などにより、骨格筋量・筋力・身体機能が低下した状態を指す概念である。1989年に「加齢に伴う除脂肪体重(LBM)の低下」を表す言葉として提唱されたことが始まりとされる。
かつては「年を取れば筋肉が減るのは仕方がない」と考えられていた。しかし現在では、サルコペニアは単なる老化現象ではなく、転倒・骨折、要介護、死亡リスクの増大と密接に関係する“予防可能な病態”であることが明らかになってきている。
2.筋肉量よりも重要な「筋力」と「歩行機能」
初期の研究では筋肉量の減少が重視されていたが、その後の疫学研究により、筋量そのものよりも、筋力や歩行速度といった機能的指標の方が、生命予後や障害発生と強く関連することが示された。
この流れを受け、2010年サルコペニアの診断に
- 筋量
- 筋力(握力など)
- 身体機能(歩行速度など)
の3要素を用いる診断基準を提唱した。さらに状態の進行度に応じて、
- プレサルコペニア
- サルコペニア
- 重症サルコペニア
という段階的な分類が行われるようになった。
日本でもアジア人に適した基準を提示し、臨床・地域の両面で評価が進んでいる。
3.サルコペニアが引き起こす連鎖的な問題
サルコペニアの本質的な問題は、筋肉が減ることそのものではない。筋肉の低下を起点として、生活全体が連鎖的に崩れていく点にある。
例えば、
- 筋力低下 → 歩行速度低下
- 歩行速度低下 → 外出頻度減少
- 外出頻度減少 → 社会的孤立・抑うつ
- 食欲低下・低栄養 → さらなる筋量低下
という悪循環が生じる。
さらに近年では、サルコペニアがフレイル(虚弱)やロコモティブシンドローム、さらには認知機能低下(コグニティブ・フレイル)とも密接に関連することが報告されている。筋肉は単なる運動器ではなく、全身の代謝・炎症・認知機能とも関係する“内分泌臓器”であるという理解が広まりつつある。
4.分子・細胞レベルで見たサルコペニア
専門的な視点から見ると、サルコペニアは単なる「使わないから衰える」現象ではない。筋細胞内部では、以下のような変化が生じている。
- タンパク質合成系の低下
- ミトコンドリア機能障害
- オートファジー(細胞内リサイクル機構)の不全
- 筋サテライト細胞(筋幹細胞)の機能低下
特に注目されているのがオートファジー機能不全である。加齢筋では、不要になったタンパク質や障害ミトコンドリアが十分に処理されず、筋細胞の機能そのものを阻害している可能性が示唆されている。
5.治療と予防――現時点で何ができるのか
現時点でサルコペニアに対する「特効薬」は存在しない。日本サルコペニア・フレイル学会の診療ガイドラインでも、以下の4つの介入が柱とされている。
1.運動療法
特にレジスタンストレーニングは、筋力・歩行機能の改善に有効とされる。
2.栄養療法
十分なエネルギーとたんぱく質、必須アミノ酸の摂取が重要である。
3.薬物療法
SARMなど一部の薬剤で筋量増加は示されているが、長期アウトカムは不明確。
4.運動+栄養の複合介入
単独介入よりも効果が高いとされるが、エビデンスはまだ限定的である。
重要なのは、早期からの介入である。重症化してからでは、回復は容易ではない。
6.医原性サルコペニアという新たな問題
近年、特に問題視されているのが医原性サルコペニアである。これは、
- 不必要な安静
- 不適切な禁食
- 不十分な栄養管理
といった医療行為そのものが、筋肉量・筋力低下を引き起こす状態を指す。
「とりあえず安静」「とりあえず点滴」という対応が、フレイル高齢者にとっては致命的になり得る。これを防ぐために提唱されているのが、リハビリテーション栄養(リハ栄養)という考え方である。
7.サルコペニアは「防げる老化」である
サルコペニアは、加齢とともに誰にでも起こりうる。しかし同時に、正しい知識と行動によって進行を遅らせ、場合によっては改善も可能な病態である。
運動、栄養、社会参加――これらは決して特別な医療行為ではない。日常生活の中でこそ実践されるべき対策である。
超高齢社会を生きる私たち一人ひとりにとって、サルコペニアは「医療者だけの専門用語」ではなく、自分自身の将来に直結するテーマなのである。
※本記事は、新R25に掲載された実績を持ち、トレーナー養成スクールの講師としても活動する井上裕司が監修しています。
健康・栄養・トレーニングに関する一般的な情報提供を目的としており、医療上の診断や治療を目的としたものではありません。
体調や症状に不安がある方は、必ず医師や専門の医療機関にご相談ください。
引用・参考文献
- Rosenberg IH. Sarcopenia: origins and clinical relevance. J Nutr. 1997.
- European Working Group on Sarcopenia in Older People (EWGSOP). Age Ageing. 2010.
- Asian Working Group for Sarcopenia (AWGS). J Am Med Dir Assoc. 2014.
- 日本サルコペニア・フレイル学会誌 Vol.1 No.2, 2017.
- 若林秀隆.医原性サルコペニアのメカニズムとリハ栄養.日本サルコペニア・フレイル学会誌.2017.

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