こんにちは!
トレーナー育成講師の井上裕司です。
~糖質分解とエネルギー産生の裏側~
運動中、私たちの体はエネルギー(ATP)を必要とします。
このATPを作るために欠かせないのが、「NADH(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド・還元型)」という物質です。
今回は、糖質からATPができるまでの流れと、その裏で活躍する乳酸やシャトル機構についてわかりやすく解説します。

糖質の分解でNADHができる
糖質(グルコース)はまず細胞質で分解され、ピルビン酸になります。この過程を「解糖系」と呼びます。
このとき、
・2つのATP
・2つのNADH
が同時に作られます。
ここでできたNADHが、次に重要な役割を果たします。
ATPをたくさん作るには、NADHが必要
ATPを本格的に大量に作り出すのは、ミトコンドリア内にある電子伝達系という仕組みです。
この電子伝達系では、NADHがエネルギー源として使われて、最終的に多くのATPを産生します。
ところが――
問題がひとつあります。
NADHはそのままではミトコンドリアに入れない!
実は、細胞質でできたNADHは、ミトコンドリアの膜を直接通れないのです。
じゃあどうやってミトコンドリアまで届けるのか?
ここで登場するのが、「シャトル機構」です。
NADHを運ぶ「シャトル機構」とは?
主に2つのシャトルが知られています。
・リンゴ酸-アスパラギン酸シャトル
・グリセロリン酸シャトル
これらのシャトルは、NADHそのものではなく、間接的にその“電子”をミトコンドリア内に運ぶ仕組みです。
結果として、ミトコンドリア内でもNADHに相当するエネルギー源が再生され、ATPを作れるようになります。
ただし、これにはある「制約」があります。
高強度運動ではシャトルが“間に合わない”
強度の高い運動中、筋肉内ではNADHや乳酸の濃度が10mmol/kg以上にまで高まります。
一方で、リンゴ酸やアスパラギン酸などシャトルに関わる物質の濃度は0.1mmol/kg程度しかありません。
この大きな差があるため、高強度の運動時にはシャトル機構だけでは対応しきれない可能性があります。
ここで登場するのが「細胞内乳酸シャトル」
細胞内乳酸シャトルとは、乳酸そのものがミトコンドリアに取り込まれ、再びピルビン酸へ戻ることで、ミトコンドリア内にNADHが作られるという考え方です。
流れとしては、
- 細胞質でピルビン酸 → 乳酸(このときNADが再生)
- 乳酸がミトコンドリアへ入り、乳酸 → ピルビン酸(このときNADHが再生成)
- そのNADHを使って電子伝達系でATPが作られる
つまり、細胞質で作られたNADHが“間接的に”ミトコンドリアに届くという形になります。
でもここにも注意点がある
もしこの乳酸シャトルが過剰に働くと、細胞質内のNADHがミトコンドリアにどんどん運ばれてしまいます。
しかし、NADHは単にATPを作るだけでなく、糖質を分解するうえで必要な「NAD」を再生する役割も担っています。
NADが不足すると、糖質の分解そのものがスムーズに進まなくなります。
つまり、NADHを全てミトコンドリアに送ると、逆に糖質を効率よく使えなくなることにもなりかねません。
結論:バランスが大事
運動中におけるエネルギー産生は、非常に精密なバランスの上に成り立っています。
・NADHはATP産生に必要
・NADHは糖質分解に必要なNADの供給源
・乳酸はミトコンドリアに入ることで、ATP生成にも役立つが、糖質代謝の妨げにもなりうる
これらすべてを考慮したとき、体は状況に応じて最適なエネルギー供給ルートを使い分けているのです。
最後に
乳酸はただの「疲労物質」ではありません。
NADHはただの「電子供与体」ではありません。
これらの物質が持つ多機能な役割を知ることで、運動や栄養、回復についての理解もより深まるはずです。
※本記事は、健康・栄養・トレーニングに関する一般的な情報提供を目的としており、医療上の診断・治療を目的としたものではありません。
症状や体調に不安がある場合は、必ず医師や専門家にご相談ください。
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