酸素負債(EPOC)とは?軽い筋トレでも脂肪が燃え続ける“低強度・低速度トレーニング”の科学

生理学
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こんにちは!
トレーナー育成講師の井上裕司です。

筋トレと聞くと、「重いダンベルを持ち上げる」「筋肉を限界まで追い込む」といったイメージを持つ方が多いのではないでしょうか。

しかし、近年の研究によって、「軽い負荷」でも「ゆっくり動かす」ことで、体脂肪の燃焼や代謝向上に大きな効果をもたらすことが明らかになってきました。

この考え方の中心にあるのが、
「運動後過剰酸素消費(EPOC: Excess Post-exercise Oxygen Consumption)」
いわゆる“酸素負債”の概念です。

EPOCとは、運動を終えた後も体が通常より多く酸素を消費し続ける現象を指します。

簡単に言えば、「運動後も脂肪が燃え続ける状態」です。

今回取り上げる研究は、「低強度・低速度のレジスタンス運動」でもこのEPOCが十分に得られるかどうかを検証したものです。

レジスタンス運動とEPOCの関係

レジスタンストレーニング(筋トレ)は、従来から筋力や筋肥大を目的として行われてきました。しかし、近年では「代謝を上げて痩せやすい体を作る」「リバウンドしにくい減量法」としても注目を集めています。
筋肉を動かすことで酸素を使い、エネルギー(ATP)を生み出す過程で多くの熱が発生します。運動後には、体温の上昇、ホルモンの活性化、代謝物質の分解などにより酸素消費が続きます。これがEPOCです。

興味深いのは、このEPOCが運動強度や時間だけでなく、動作のスピードにも影響を受けるという点です。一般的に高強度の運動ではEPOCが大きくなりますが、初心者や高齢者にとっては危険を伴う場合があります。
そこで注目されたのが、「低強度・低速度反復運動」です。軽い負荷でも動作をゆっくり行うことで、筋肉に長時間の緊張を与え、結果としてEPOCを高められるのではないか、という仮説が立てられました。

研究の概要

研究は健康な若年男性を対象に、以下の3条件で行われました。

  1. 高強度・通常速度(最大挙上重量の約80%)
  2. 低強度・通常速度(最大挙上重量の約50%)
  3. 低強度・低速度(最大挙上重量の約50%、動作をゆっくり行う)

被験者はそれぞれの条件でレッグエクステンションやチェストプレスなどの運動を行い、運動後30分間の酸素摂取量、エネルギー消費、血中乳酸濃度などを測定しました。

結果を簡単にまとめると、低強度・低速度運動でも高強度運動と同等のEPOCが得られたのです。

研究結果のポイント

(1)酸素消費とエネルギー代謝

運動中および運動後の酸素摂取量は、

  • 高強度条件(80%1RM)で最も高い値を示しましたが、
  • 低強度・低速度条件(50%1RM+ゆっくり動作)でもほぼ同等の酸素消費が確認されました。

つまり、軽い負荷でも時間をかけて行えば、総消費エネルギー量は高強度トレーニングとほぼ変わらないのです。

(2)血中乳酸濃度の上昇

通常、血中乳酸は「きつい運動」の指標とされますが、低速度で行うトレーニングでも乳酸値が有意に上昇しました。
これは筋肉が長時間収縮し続けるために、酸素を十分に供給できず、解糖系(無酸素代謝)が活発になることを意味します。つまり、軽い負荷でも「効いている」状態を生み出せるということです。

(3)心臓や血圧への負担が少ない

高強度運動では、心拍数や血圧の上昇が大きくなりがちです。一方、本研究の低強度・低速度運動では、同等のエネルギー消費を得ながらも心臓への負担が小さいことが確認されました。
これは高齢者や生活習慣病を抱える方にとって、安全性の高い運動方法であることを示しています。

低強度・低速度トレーニングの実践方法

では、具体的にどのように行えばよいのでしょうか。
以下は研究で採用された動作テンポを参考にした「スロートレーニング(スロトレ)」の基本例です。

  1. 動作スピード:上げる(2〜3秒)→キープ(1秒)→下げる(3〜4秒)
  2. 回数:限界を迎えるまで(おおよそ10〜15回)
  3. 休憩時間:セット間は約1分
  4. 頻度:週2〜3回

例えば、スクワットを自重で行う場合でも、「ゆっくり5秒かけてしゃがみ、3秒かけて立ち上がる」だけで、かなりの筋肉刺激を得られます。

このように、スピードをコントロールすることで強度を上げすぎずに効果を引き出すことができるのです。

科学的メカニズム

EPOCを高めるメカニズムは複合的ですが、主に次の要因が関係します。

  • 体温の上昇と代謝促進
     ゆっくりとした運動でも筋肉を長時間動かすことで体温が上がり、基礎代謝が一時的に増加します。
  • ホルモン分泌の活性化
     成長ホルモンやカテコールアミン(アドレナリンなど)の分泌が促され、脂肪分解が進みます。
  • 筋肉修復に伴う酸素需要
     筋肉の微細な損傷を修復するために酸素が使われるため、安静時よりも酸素摂取が続きます。

このような仕組みにより、運動を終えた後も「燃焼モード」が続くわけです。

健康・美容への応用

低強度・低速度トレーニングの魅力は、単なる筋力維持だけではありません。

  • 脂肪燃焼・体重管理
     EPOCにより、運動後数時間にわたってエネルギー消費が持続するため、効率的な減量が期待できます。
  • 高齢者や初心者への適応性
     関節への負担が少なく、怪我のリスクが低いため、安全に長く続けられます。
  • 生活習慣病の予防
     血糖コントロールや血圧の安定化にも寄与します。

特に、ダイエット目的で「激しい運動が苦手」という人にこそ、最適な方法です。

今後の課題と展望

本研究では短期的(運動直後〜30分)の効果を中心に分析していますが、長期間のトレーニングを継続した場合にどのような慢性的適応(筋肥大、基礎代謝の変化など)が起こるのかは今後の課題とされています。

また、運動種目やセット数、休息時間、栄養摂取との関係もさらに検証が必要です。
しかしながら、今回の研究が示した「軽負荷でも効率的に代謝を上げる方法」は、健康増進やダイエットの分野に新たな可能性をもたらすものであるといえるでしょう。

まとめ

比較項目高強度・通常速度低強度・通常速度低強度・低速度
酸素消費量高い低い高い(同等)
エネルギー消費多い少ない多い(同等)
血中乳酸濃度上昇中程度上昇(同等)
心血管負担
適応対象アスリート初心者初心者・高齢者

この表が示すように、「軽くても、ゆっくり」が新しい運動処方のキーワードになりつつあります。
無理のない範囲で継続できるトレーニングこそが、健康づくりと脂肪燃焼の両立を可能にするのです。

おわりに

「筋トレ=重い負荷」という常識を覆す、低強度・低速度のレジスタンストレーニング。
運動初心者でも、高齢者でも、安全に“効かせる”ことができるこの方法は、まさに現代人に最適なエクササイズといえるでしょう。
今日からあなたも、“ゆっくり動く”ことで、体の中の燃焼スイッチをオンにしてみませんか?

■参考文献

向本敬洋・韓一栄・大野誠(日本体育大学大学院)
「一過性低強度・低速度反復のレジスタンス運動が運動後過剰酸素消費(EPOC)に及ぼす影響」
『体力科学』、日本体力医学会、発行年不詳。

※本記事は、新R25に掲載された実績を持ち、トレーナー養成スクールの講師としても活動する井上裕司が監修しています。
健康・栄養・トレーニングに関する一般的な情報提供を目的としており、医療上の診断や治療を目的としたものではありません。
体調や症状に不安がある方は、必ず医師や専門の医療機関にご相談ください。

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著者
トレーナー育成講師

運動 × 栄養 × 体づくりの専門家
ブログ記事200本以上を執筆し、
正しい知識をわかりやすく発信中。

保有資格
・NESTA-PFT
・NSCA-CPT

経歴・活動
・Core&Calm(コアカーム)パーソナルジム経営
・パーソナルトレーナー
・リラクゼーションセラピスト
・トレーナー養成スクール講師
・トレーナーアカデミー講師
(年間500回以上の講義)
・転職キャリアアドバイザー

実績
・トレーナー300名以上育成
・SNS総フォロワー数 20,000人以上
・新R25に掲載実績あり
https://r25.jp/articles/928885030159646720

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