こんにちは!
トレーナー育成講師の井上裕司です。
― 脳の「真の燃料」は糖か、乳酸か。知られざる脳内エネルギー革命 ―
「脳は糖質(グルコース)だけで動いている」
これまで健康常識として語られてきたこの定説が、近年の脳科学によって塗り替えられようとしています。
確かに、脳は安静時でも全エネルギーの約20%を消費する大食漢であり、その主食はグルコースです。しかし、最新の研究では、脳が特定の条件下で「乳酸」を極めて効率的なエネルギー源として優先的に利用していることが明らかになってきました。

🧠 星状細胞(アストロサイト)が担う「エネルギーの給油所」
脳内には、神経細胞(ニューロン)を支える「星状細胞(アストロサイト)」という細胞が存在します。近年の研究で、この細胞は単なる支え役ではなく、神経細胞への「給油所」であることが分かってきました。
- 星状細胞が血中のグルコースを取り込み、グリコーゲンとして蓄える。
- 神経活動が活発になると、グリコーゲンを分解して「乳酸」を作り出す。
- その乳酸を神経細胞へ送り届ける。
神経細胞はこの乳酸をミトコンドリアで素早く代謝し、活動エネルギー(ATP)を生み出します。これを「アストロサイト-ニューロン乳酸シャトル(ANLS)」と呼びます。
🚛 脳に備わった「乳酸専用の入り口」
脳には乳酸をただ垂れ流すのではなく、効率よく受け渡すための専用トランスポーター(輸送体)である「MCT(モノカルボン酸輸送体)」が配備されています。
- MCT1・MCT4: 主に星状細胞側に存在し、乳酸を放出・輸送する。
- MCT2: 神経細胞側に存在し、送られてきた乳酸を強力に取り込む。
- MCT3: 網膜の組織などに存在し、視覚機能の維持に関与する。
このように、脳のインフラ自体が「乳酸を利用すること」を前提に設計されているのです。
🚀 乳酸は“ハイオク”なエネルギー源
興味深いことに、グルコースと乳酸が両方存在する場合、神経細胞は乳酸を優先的に消費するという性質があります。
乳酸はグルコースよりも少ない工程でエネルギー(ATP)に変換できるため、脳にとって非常に「燃費が良く、かつ高出力な」ハイオク燃料と言えます。また、乳酸は単なる燃料に留まらず、記憶の固定化(学習)や神経保護においても重要なシグナル伝達物質として機能することが示唆されています。
🏃 筋肉と脳をつなぐ「乳酸シャトル」の繋がり
筋肉の世界でも、乳酸は「細胞間乳酸シャトル」として再利用されています。
速筋線維で作られた乳酸が、隣の遅筋線維や心筋に取り込まれてエネルギーになる。これと同じことが脳内でも行われており、さらに「運動によって体内で増えた乳酸が脳へ運ばれ、脳のコンディションを高める」という可能性も研究されています。
■ まとめ:乳酸は「脳を覚醒させる」パートナー
- 星状細胞は乳酸の生産工場であり、神経細胞の活動を支えている。
- 脳にはMCTという乳酸専用のインフラが整備されている。
- 乳酸は糖質よりも効率的な燃料であり、記憶や学習の鍵を握っている。
- 「乳酸=疲労物質」という概念は完全に否定され、現在は「エネルギーの運び屋」と定義されている。
私たちが運動や思考を止めずにいられるのは、この「乳酸シャトル」が脳の中で絶え間なく働いているおかげなのです。
※本記事は、新R25に掲載された実績を持ち、トレーナー養成スクールの講師としても活動する井上裕司が監修しています。
健康・栄養・トレーニングに関する一般的な情報提供を目的としており、医療上の診断や治療を目的としたものではありません。
体調や症状に不安がある方は、必ず医師や専門の医療機関にご相談ください。
📚 引用・参考文献
本記事の内容は、以下の学術的エビデンスに基づいています。
- Pellerin, L., & Magistretti, P. J. (1994).Sweetness is not enough: the case for lactate as a major energy source for the brain.
- (ANLS仮説を初めて提唱した、現代脳エネルギー代謝論の金字塔的論文)
- Suzuki, A., et al. (2011).Astrocyte-neuron lactate transport is required for long-term memory formation. Cell, 144(5), 810-823.
- (乳酸が記憶の形成に不可欠であることを証明した画期的な研究)
- Brooks, G. A. (2018).The Science and Translation of Lactate Shuttle Theory. Cell Metabolism, 27(4), 757-785.
- (乳酸シャトル理論の提唱者による、筋肉から脳に至る乳酸利用の包括的レビュー)
- Pierre, K., & Pellerin, L. (2005).Monocarboxylate transporters in the central nervous system: distribution, regulation and function. Journal of Neurochemistry, 94(1), 1-14.
- (脳内におけるMCTの分布と役割に関する詳細な研究)
- 八田 秀雄 (2013). 『乳酸をエネルギー源として捉えなおす』
- (日本における乳酸研究の第一人者による解説)
これからは「乳酸=脳の味方」として、もっと注目していきたいですね。


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