こんにちは!
トレーナー育成講師の井上裕司です。
「どの筋肉が主役?」肩関節の角度で変わる、筋肉の貢献度(トルク寄与率)の科学
肩を動かすとき、私たちはつい「三角筋」や「大胸筋」といった大きな筋肉ばかりに目を向けがちです。しかし、実は関節の角度によって、主役となる筋肉はダイナミックに入れ替わっています。
今回は、肩の動作における筋肉の貢献度を示す「トルク寄与率」という指標を用いて、角度別の筋活動の違いを詳しく解説します。
1. 「トルク寄与率」とは何か?
関節を動かす力(トルク)の強さは、単純な筋力(張力)だけでなく、以下の2つの要素の掛け算で決まります。
- 生理学的断面積(PCSA):筋肉の太さ(線維の総数)。「エンジンの馬力」に相当。
- モーメントアーム(MA):関節の中心から筋肉の停止位置までの距離。「テコの原理」の効率に相当。
トルク≈PCSA×モーメントアームトルク≈PCSA×モーメントアーム
この計算をもとに、動作全体のパワーのうち何%をその筋肉が担っているかを示したのが「トルク寄与率」です。
2. 肩関節【屈曲(前へ上げる)】の主役
腕を上げる動作では、初動と90°以降で主役が劇的に交代します。
- 下垂位(0°:腕を下ろした状態)
意外にも、インナーマッスルの肩甲下筋が最大の貢献度を誇ります。- 肩甲下筋:48%
- 棘上筋:30%
- 三角筋(前部):7%
- 解説:腕を上げ始める瞬間は、大きなアウターマッスルよりも、関節を安定させながら動かすインナーマッスルの働きが不可欠です。
- 90°屈曲位(腕を水平に上げた状態)
ここでようやくアウターマッスルが本領を発揮します。- 三角筋(前部・中部):47%
- 大胸筋(上部・中部):37%
- 棘上筋:8%
- 解説:水平付近ではモーメントアームの有利な三角筋と大胸筋が主導権を握ります。
3. 肩関節【伸展(後ろへ引く)】の主役
- 下垂位(0°)
- 三角筋(後部):34%
- 広背筋:28%
- 大円筋:20%
- 90°屈曲位(前から後ろへ引く初動)
- 大円筋:30%
- 三角筋(後部):28%
- 広背筋:24%
- 解説:腕が前にある状態から引くときは、「広背筋の弟分」と呼ばれる大円筋の効率が最も高まります。
4. 肩関節【外転(横へ上げる)】の主役
- 下垂位(0°)
- 三角筋(中部・前部):42%
- 棘上筋:36%
- 解説:外転の初動(0〜30°付近)では、棘上筋が肩甲骨に骨頭を押し込みながら、三角筋と協力して腕を持ち上げます。
- 90°外転位(真横に上げた状態)
- 三角筋:72%
- 棘上筋:8%
- 解説:腕が高く上がるほど、棘上筋のレバー効率は低下し、三角筋の独壇場となります。
5. 肩関節【内転(脇を締める)】の主役
- 下垂位(0°)
- 大胸筋:48%
- 広背筋:27%
- 90°外転位(横から引き下げる)
- 広背筋:40%
- 大胸筋:30%
- 解説:いわゆる「ラットプルダウン」の動作のように、腕が高い位置にあるほど、広背筋の貢献度が大胸筋を上回ります。
まとめ:角度を知れば、トレーニングの精度が変わる
肩関節の動きにおいて、どの筋肉が頑張っているかは「角度」によって決まります。
- インナーマッスル(棘上筋・肩甲下筋)は、動作の「初動(低角度)」で圧倒的な貢献度を持つ。
- アウターマッスル(三角筋・大胸筋・広背筋)は、「中〜高角度」でパワーの主役になる。
- 大円筋は、肩を前から後ろへ引く際の強力なスターターである。
このトルク寄与率を理解しておくことで、リハビリでの負荷設定や、狙いたい筋肉に応じたトレーニング種目の選択がより論理的かつ効果的になります。
「どの角度で、どの筋肉を狙うか?」。
この視点を持つことが、指導者としての専門性を一段階引き上げる鍵となるでしょう。
※本記事は、新R25に掲載された実績を持ち、トレーナー養成スクールの講師としても活動する井上裕司が監修しています。
健康・栄養・トレーニングに関する一般的な情報提供を目的としており、医療上の診断や治療を目的としたものではありません。
体調や症状に不安がある方は、必ず医師や専門の医療機関にご相談ください。
【引用文献】
- Kuechle, D. K., et al. (1997). Shoulder muscle moment arms during abduction and flexion. Journal of Shoulder and Elbow Surgery, 6(5), 413-420. (トルク寄与率研究の代表的論文)
- Ackland, D. C., et al. (2008). Moment arms of the shoulder muscles during axial rotation. Journal of Orthopaedic Research.
- 市橋繁男 編集「筋骨格系のキネシオロジー」(医歯薬出版): 肩関節のモーメントアームと筋活動に関する標準的教科書。
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