こんにちは!
トレーナー育成講師の井上裕司です。
レスリングは、わずか数分間の試合の中で、爆発的なパワー、針の穴を通すような技術、そして限界を超えるスタミナが求められる過酷な競技です。「心・技・体」と言われますが、近年のレスリングはフィジカルの重要性が飛躍的に高まっています。
しかし、多くの選手が「ただ重いものを持ち上げるだけ」「ボディビルダーのような筋肉をつけるだけ」のトレーニングに終始し、マット上の動きに還元できていない現状があります。
本記事では、レスリングのパフォーマンスを科学的に向上させるための筋力トレーニング(S&C)について、解剖学・生理学の観点から徹底解説します。初心者からトップを目指す選手まで、明日からの練習に即導入できる実践的なガイドです。

1. レスリングという競技の「生理学的」分析
ただ漠然と鍛えるのではなく、まずは敵を知り、己(競技特性)を知ることから始めます。
① エネルギー供給機構の理解
レスリングは「無酸素運動(解糖系)」と「有酸素運動(酸化系)」のハイブリッド競技です。
- ATP-CP系(瞬発力): タックルに入るときの一瞬の爆発力。数秒しか持ちません。
- 解糖系(乳酸系): 攻防が続き、筋肉がパンパンになる状態。レスリングの試合の大部分はこの領域です。
- 酸化系(有酸素): 試合間の回復や、トーナメントを勝ち抜くベースの体力。
筋トレでは、単に筋肉を太くするだけでなく、これらのエネルギー回路を刺激する必要があります。
② 求められる特異的な動き
- トリプルエクステンション: 足首・膝・股関節を同時に爆発的に伸ばす動作。タックルや投げ技の源です。
- アイソメトリック(等尺性収縮): 組み合った状態で相手を固める際、筋肉の長さが変わらずに力を発揮し続ける能力。
- 相対筋力(Relative Strength): 体重あたりの筋力。階級制である以上、「体重は軽く、力は強く」が絶対正義です。
2. 必須となる5つの身体能力と具体的アプローチ
勝てるレスラーに必要な要素を分解し、それぞれのアプローチを解説します。
① 最大筋力(Max Strength)
すべての能力の土台です。最大筋力が低い選手は、どれだけスピードトレーニングをしても限界がすぐに訪れます。
- なぜ重要か: 相手をコントロールする「物理的な強さ」に加え、怪我の予防(鎧を作る)にも繋がります。
- 推奨種目: BIG3(スクワット、ベンチプレス、デッドリフト)に加え、オーバーヘッドプレス。
② 爆発的パワー(Power)
「力 × スピード = パワー」です。重いものをゆっくり持ち上げられても、レスリングでは通用しません。
- なぜ重要か: 相手の反応速度を超えるタックル、一瞬で相手を空中に浮かす投げ技に直結します。
- 推奨種目: クリーン、スナッチなどのオリンピックリフティング種目、ジャンプスクワット。
③ 筋持久力(Muscular Endurance)
「バテて足が動かない」を防ぐ能力です。
- 科学的アプローチ: 高回数(15回以上)のウエイトトレーニングや、インターバルを短くしたサーキット形式で行います。乳酸が溜まった状態でも身体を動かす耐性をつけます。
④ 頸部(首)の強さ
他の競技とレスリングの決定的な違いは「首」です。首は「第5の手足」とも呼ばれ、ブリッジでの回避や、タックルに入った際の軸の維持に使われます。
- 推奨種目: 4方向ネックフレクション/エクステンション、ブリッジワーク。首のトレーニングは脳震盪のリスク軽減にも繋がります。
⑤ 体幹(Core)とグリップ(Grip)
腹筋が割れていることと、使える体幹は別物です。相手に崩されない「抗伸展」「抗回旋」の力が求められます。また、グリップ力は相手の手首をコントロールし、試合の主導権を握るために不可欠です。
3. 実践!レスリング特化型トレーニングメニュー
ここでは、週3回のウエイトトレーニングを行う場合のモデルプランを紹介します。
【基本原則】
- 多関節種目(コンパウンド種目)を中心に構成する。
- マシントレーニングよりもフリーウエイトを優先する(バランス能力を養うため)。
- 常に「正しいフォーム」で行うこと。
■ Day 1:最大筋力・下半身重点
タックルの「踏み込み」と「持ち上げ」を強化する日です。
- パワークリーン:3セット × 3〜5回(瞬発力)
- バックスクワット:4セット × 3〜5回(最大筋力・85%1RM)
- ルーマニアンデッドリフト:3セット × 8回(ハムストリングス・腰)
- ウォーキングランジ:3セット × 20歩(バランス・脚)
- ネックトレーニング(前後左右):各20回
■ Day 2:上半身プッシュ&プル・グリップ
相手を「引く力」と「押し返す力」を鍛えます。
- 懸垂(加重またはタオル懸垂):4セット × 限界まで(広背筋・握力)
- ベンチプレス:4セット × 5回(胸・三頭筋)
- ベントオーバーロウ:3セット × 8回(背中全体の厚み)
- ファーマーズウォーク:3セット × 30秒(体幹・握力)
- リストカール:3セット × 15回
■ Day 3:パワー・全身連動・代謝系
試合形式に近い、全身を使った持久系パワー種目です。
- スナッチ(またはハイプル):3セット × 3回
- ボックスジャンプ:3セット × 5回
- ケトルベルスイング:3セット × 20回(股関節の伸展持久力)
- サーキットトレーニング(バトルロープ、バーピージャンプ、腕立て伏せなどを連続で行う):3分間 × 2セット
4. 【重要】ピリオダイゼーション(期分け)の考え方
年間を通じて同じメニューを行うのは間違いです。試合日程に合わせてトレーニング内容を変化させます。
① オフシーズン(試合がない時期)
- 目的: 筋肥大、最大筋力の向上、弱点部位の克服。
- 内容: 高重量・高ボリュームでのトレーニング。多少の疲労が残ってもOK。
② プレシーズン(試合1〜2ヶ月前)
- 目的: 培った筋肉を「使える筋肉(パワー)」に変換する。
- 内容: 重量は維持しつつ、回数を減らし、挙上スピードを意識する。心肺機能トレーニングの比率を上げる。
③ インシーズン(試合期)
- 目的: コンディション維持、疲労除去。
- 内容: 強度は落とさず、「量(セット数)」を大幅に減らす。
- 例:スクワット 5セット → 2セットにする(重量は重いまま)。これにより筋力を落とさずに疲労だけを抜くことができます(テーパリング)。
5. レスリング選手のための栄養と減量
どんなに良いトレーニングをしても、食事がおろそかでは身体は強くなりません。
- タンパク質: 体重1kgあたり2.0g〜2.5gを目指す。
- 炭水化物: 練習のエネルギー源。減量中でも極端にカットしすぎない(スタミナ切れの原因)。
- 水分補給(水抜きについて): 最後の水抜きは身体へのダメージが甚大です。できるだけ体脂肪を落とす「日常の節制」で調整幅を減らすことが、パフォーマンス発揮の鍵です。
6. よくある間違いとQ&A
Q. 筋トレをすると体が重くなりませんか?
A. 正しい方法で行えば重くなりません。
ボディビルダーのように「効かせる」トレーニングばかりすると、動きが遅くなる可能性があります。レスリング選手は「神経系」を鍛える(重いものを速く動かす)意識を持つことで、キレのある身体を作れます。
Q. 自重トレーニングだけではダメですか?
A. 基礎としては優秀ですが、トップを目指すならウエイトは必須です。
相手選手の体重は常に負荷としてかかります。自重以上の負荷に慣れておくことで、試合中の相手を「軽い」と感じることができます。
7. 結論:マットの上で勝つために
筋力トレーニングは、レスリングの一部に過ぎません。しかし、技術が拮抗した時、最後に勝敗を分けるのは「フィジカルの差」であることもまた事実です。
「相手より1cmでも深く踏み込む脚力」「相手を引き剥がす背中の力」「最後までバテないスタミナ」。これらはすべて、地味で過酷な筋トレによって作られます。
この記事で紹介した理論を参考に、ぜひ自分のトレーニング計画を見直してみてください。賢く鍛え、強く戦いましょう。
※本記事は、新R25に掲載された実績を持ち、トレーナー養成スクールの講師としても活動する井上裕司が監修しています。


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