女性アスリートの異常食行動と三主徴。HAPAモデルで読み解く“心と身体の危機”

健康
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こんにちは!
トレーナー育成講師の井上裕司です。

近年、女性アスリートの健康問題として「女性アスリートの三主徴(Female Athlete Triad:FAT)」が注目されています。

これは ①利用可能エネルギー不足、②運動性無月経、③骨粗鬆症 の3つが互いに影響し合う深刻な症候群で、競技パフォーマンスだけでなく長期的な健康に大きな影響を及ぼします。

しかし、実際に問題の根底にあるのは 「異常食行動」 であるにもかかわらず、選手自身も指導者も十分に理解できていない場合が少なくありません。

本記事では、行動科学の枠組み「HAPAモデル(Health Action Process Approach)」を用いて、

女性アスリートがなぜ異常食行動に陥るのか
FAT がどのように進行し、心理的には何が起きているのか

を、一般の方にも分かりやすく解説します。

1. 女性アスリートの三主徴(FAT)とは何か

FAT は以下の3つが連鎖する状態を指します。

① 利用可能エネルギー不足

トレーニング量に対して摂取エネルギーが不足した状態です。
無理なダイエットや、食事内容の偏り、過度の食事制限などが原因になります。

② 運動性無月経

エネルギー不足によってホルモン分泌が低下し、月経が止まる現象です。
「アスリートだから月経が止まるのは当然」と誤解されることもありますが、決して正常ではありません。

③ 骨粗鬆症

無月経によるホルモン低下が骨代謝に影響し、骨密度低下を引き起こします。
疲労骨折が増えるなど、競技人生を左右する重大な問題になります。

● 三主徴は“誰にでも起こり得る”

競技レベルに関係なく、すべての女性アスリートが罹患し得る状態です。また、見た目の体型や体重だけでは判別できません。

2. 異常食行動とはなにか──「ただのダイエット」ではない

論文では「異常食行動」を、以下のような状態として捉えています。

  • 過度な食事制限
  • 過食
  • 食後嘔吐
  • 下剤利用
  • 栄養の極端な偏り
  • 食事をサプリメントで置き換える行為

これらは単なる「食の乱れ」ではなく、心理的ストレス・競技環境・身体感覚のずれなどが複雑に絡み合った行動です。

特に、
「勝つため」
「軽くなれば速くなる」
「指導者に言われたから」

などの“目的合理性”が絡むと、本人にとっても問題を認識しづらくなり、深刻化しやすくなります。

3. なぜ異常食行動に陥るのか?──HAPAモデルで心理プロセスを読み解く

HAPA(Health Action Process Approach)は、健康行動を「変化の心理プロセス」として捉えるモデルです。

女性アスリートの異常食行動に以下の5つの心理要因が関わると示されています。

① リスク知覚

「この行動を続けると危険」と自分で理解している度合い。
例:
・無月経になる
・疲労骨折する
・肌が荒れる
など。

② 結果予期(ポジティブ/ネガティブ)

行動の結果どうなると“予測”しているか。

  • ポジティブ結果予期
     「バランスよく食べると便通がよくなる」「骨が丈夫になる」
  • ネガティブ結果予期
     「太りそう」「指導者に叱られるかも」

アスリートは後者のネガティブ結果予期を強く持つほど、偏った食行動に傾きやすいことが示唆されています。

③ 自己効力感

自分が適切な食行動を実行できるという自信。

興味深いのは、
自己効力感が高いほど異常食行動を抑える効果がある一方、間接的に異常食行動を促進する場合もある
と述べている点です。

特に「FAT の症状がある選手」では、誤った“自信”が不健康な食行動の強化につながる可能性があります。

④ 行動意図

「こうしよう」と思う意識。

⑤ 行動計画

実際にどのように行動するかの計画。

例:
・疲労を感じた時に何を食べるか
・試合前の食事プラン
・体重が増えた時の対応方法

行動計画が不十分だと、衝動的・短期的な食事選択に陥りやすくなります。

4. FAT の自覚症状がある女性アスリートは何が違うのか?

最も重要なのは、
FAT の自覚症状の有無によって、心理要因の影響の仕方が異なる
という点です。

● 自覚症状なしのアスリート

→ 自己効力感が高いほど、異常食行動を抑制する力が強い。

● FAT の自覚症状があるアスリート

→ 自己効力感が高いほど、逆に異常食行動を促進する可能性がある。

つまり、
問題が深刻化した後では、「自分はできる」という感覚が逆に危険な行動の維持につながる可能性
があるということです。

これは、アスリート特有の「高い自己管理意識」や「我慢する文化」などが影響していると考えられます。

5. 指導者・家族・支える人ができること

論文では、単に「自己効力感を高めればよい」という従来のアプローチだけでは不十分と結論づけています。

特に必要なのは、以下のようなソーシャルサポート(社会的支援)です。

● ① 栄養教育・食事支援

管理栄養士やスポーツ栄養士による継続的なサポート。

● ② 心理的サポート

  • ボディイメージの偏り
  • 食への罪悪感
  • 体重・体型への不安
  • 競技プレッシャー

これらは専門家の支援で改善できます。

● ③ 指導者教育

指導者からの体型・体重に関するプレッシャーは、食行動問題につながりやすいと報告されています。

特別な配慮を必要とする領域であり、科学的な知識の普及が不可欠です。

6. 異常食行動を予防するために──今日からできること

ここではアスリート本人・指導者・保護者それぞれができる実践的なポイントをまとめます。

● ① 月経を“身体の大事なサイン”として扱う

月経が止まるのは異常です。
トレーニング量・食事内容の見直しが必要です。

● ② 「軽い=速い」は思い込み

特に成長期では、体重だけで判断することは危険です。
骨密度の低下が後の競技生活に大きな影響を与えます。

● ③ 食事を“戦略”として捉える

  • 何を
  • いつ
  • どれだけ
  • どんな目的で

食べるかを計画することで、不健康な衝動行動を抑えやすくなります。

● ④ 栄養の「不足」に敏感になる

疲労、イライラ、集中力の低下は、エネルギー不足のサインです。
“減らす”より“補う”意識が大切です。

● ⑤ 体型へのコメントに注意

「太った?」「もっと絞れ」
こうした言葉は異常食行動の引き金になり得ます。


7. まとめ──“見えにくい問題”に光を当てる

女性アスリートの異常食行動は、
身体的・心理的・社会的要因が絡む複雑な問題 です。

HAPA モデルによって、
「なぜ問題が起きるのか」
「どこに支援を入れればよいのか」
がより明確になりました。

特に重要なのは、
FAT の症状を持つアスリートほど、自分の“感覚”と“健康”がずれ始める
という点です。

だからこそ、周囲の理解とサポートが不可欠です。

※本記事は、新R25に掲載された実績を持ち、トレーナー養成スクールの講師としても活動する井上裕司が監修しています。
健康・栄養・トレーニングに関する一般的な情報提供を目的としており、医療上の診断や治療を目的としたものではありません。
体調や症状に不安がある方は、必ず医師や専門の医療機関にご相談ください。

■引用文献

  • 尼崎光洋・煙山千尋(2023)「Health Action Process Approach に基づく女性アスリートの異常食行動の検討―女性アスリートの三主徴の自覚症状の有無による比較―」

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著者
トレーナー育成講師

運動 × 栄養 × 体づくりの専門家
ブログ記事200本以上を執筆し、
正しい知識をわかりやすく発信中。

保有資格
・NESTA-PFT
・NSCA-CPT

経歴・活動
・Core&Calm(コアカーム)パーソナルジム経営
・パーソナルトレーナー
・リラクゼーションセラピスト
・トレーナー養成スクール講師
・トレーナーアカデミー講師
(年間500回以上の講義)
・転職キャリアアドバイザー

実績
・トレーナー300名以上育成
・SNS総フォロワー数 20,000人以上
・新R25に掲載実績あり
https://r25.jp/articles/928885030159646720

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