こんにちは!
トレーナー育成講師の井上裕司です。
足は「人間工学の結晶」ともいえる精巧な構造を持っています。その中でも、とくに重要なのが内側縦アーチ(Medial Longitudinal Arch:MLA)です。
一般に“土踏まず”と呼ばれる部分で、私たちが立つ・歩く・走るといった動作を行う際に、衝撃を吸収し、エネルギーを効率的に伝える役割を担います。
しかし、このアーチが低下した「扁平足」は、膝・足首・腰などの運動器疾患のリスクを高める可能性があります。さらに近年の研究では、内側縦アーチを支える筋肉が弱まると、代償的に外在筋(後脛骨筋など)が過剰に働き、結果として足部障害につながることが解明されてきました。
本記事では、現代の足部研究がどこまで進んでいるのか、扁平足のメカニズム、そして新たに開発された「電気刺激+遠心性負荷」を組み合わせたトレーニング法まで、一般の方にも分かりやすく解説します。

1. 内側縦アーチとは?── 衝撃吸収の要となる“土踏まず”
内側縦アーチは、舟状骨を頂点としたアーチ構造です。歩行や走行の際にアーチが潰れ、そして戻ることでバネのように働きます。
アーチの保持には以下の3つが深く関与します。
- 足底腱膜(足裏の強力な腱)
- 靱帯・関節包
- 足部の筋肉(内在筋・外在筋)
特に注目されているのが、足の裏にある小さな筋肉の集合体である足部内在筋です。母趾外転筋や短母趾屈筋、短趾屈筋などがこれに含まれます。
一方で、脛骨から足裏まで走行する後脛骨筋や長趾屈筋などの外在筋もアーチの維持に大きく関与します。
2. 扁平足はなぜ問題になるのか── そのメカニズムを科学的に解説
扁平足とは、アーチが低下し、“べた足”の状態になっていることを指します。アーチの低下は以下のような問題を引き起こします。
- 衝撃吸収能力の低下
- 荷重時の安定性低下
- 外在筋の過剰使用
- 足底腱膜炎、外反母趾、シンスプリントなどのリスク増加
実際に、扁平足の重症度と外在筋の筋肥大は正の相関を示す一方で、内在筋はむしろ萎縮しているという研究報告もあります。
つまり、
内在筋が弱った結果、外在筋が代償して働きすぎている
という構図が見えてきます。
3. 歩行中のアーチは“静止立位”とは違う顔を見せる
興味深いのは、立っているときのアーチの高さと、歩いているときのアーチの最大低下量は相関しないという点です。
つまり、
立った姿だけで歩行中のアーチの崩れを予測するのは不可能
であることが近年の研究で判明しています。
歩行中にアーチが大きく潰れる人は、外在筋(特に長趾屈筋)を多く使ってアーチを支えている可能性があります。これは、疲労や障害につながりやすい代償パターンだと考えられています。
4. 足部内在筋トレーニングの重要性と、従来法の課題
● なぜ内在筋を鍛える必要があるのか?
内在筋はアーチを“底から持ち上げる”役割を持ち、MLAの保持に極めて重要です。
- 母趾外転筋を疲労させるとアーチが下がる
- 内在筋に電気刺激を加えるとアーチの低下が軽減される
という複数の研究結果が示すように、内在筋はアーチ維持に欠かせません。
● しかし…従来の内在筋トレーニングには問題も
代表的なトレーニングであるShort Foot Exercise(SFE)は、足長を短くするように第一中足骨頭を踵に近づける動作ですが…
- 習得が難しい(3割ができなかったという報告も)
- 思ったほど内在筋が収縮しない人もいる
- トレーニング効果が個人差によって出にくい
といった技術的課題が指摘されてきました。
5. 新たに開発された「NMES+遠心性負荷トレーニング」とは?
最新研究では、内在筋トレーニングの新方式が提案されています。
✔ NMES(神経筋電気刺激)とは?
電気で筋肉を強制的に収縮させる方法で、
随意収縮が苦手な母趾外転筋にも確実に刺激を入れられる利点があります。
しかし、NMES単独では筋肥大が起きにくいことも分かっています。
✔ そこで遠心性負荷をプラス!
遠心性(伸張性)収縮は筋肥大を引き起こしやすい負荷です。
研究では、NMESで収縮中の母趾を外側・背屈方向へ軽く引っ張ることで、
内在筋に安全に遠心性負荷を加える方法が開発されました。
6. 研究結果── たった15分で内在筋が“急性腫脹”という変化を示す
45名の健常者を対象に以下の3群で比較が行われました。
- NMES+遠心性負荷併用群
- NMESのみ
- 対照(何もしない)
● 結果:有意に筋が膨らんだのは「併用群のみ」
母趾外転筋の横断面積は…
- 併用群:+7.89%(有意)
- NMES単独群:+2.07%
- 対照:+0.6%
となり、明らかに併用群が効果的でした。
これは“筋腫脹”と呼ばれる現象で、筋成長の初期サインとされています。
● 安全性も高い
軽度の筋肉痛が出た参加者はわずかで、数日以内に回復しました。
7. 内在筋の経時変化の検証── トレーニング直後のピークが10分続く
さらに、別実験(26名対象)では筋厚の変化を測定。
- トレーニング直後:筋厚が有意に増加
- 10分後:増加が持続
- 15分後:ベースラインに回復
という結果になり、急性腫脹が短時間で起こることと、
筋損傷を伴わない安全な変化であることが確認されました。
8. この研究が示す「足トレの未来」
今回の研究は、以下の重要な示唆を与えています。
✔ 内在筋は鍛えにくいが、適切な負荷で確実に反応する
従来のSFEでは難しかった刺激が、NMESと遠心性負荷によって安定的に入る。
✔ 外在筋の代償を減らし、足部障害の予防に貢献する可能性
扁平足に多い“後脛骨筋の働きすぎ”を抑える方向に寄与しうる。
✔ アスリートのパフォーマンス向上にも応用可能
足部アーチはランニングやジャンプ、切り返し動作の効率に深く関わるため、
内在筋強化は競技力向上にも期待できます。
9. まとめ── 足の小さな筋肉が、大きな働きをしている
足裏にはわずか数cmの小さな筋群が集まっており、その一つひとつがアーチを支え、全身の運動を支えています。
本研究では、
- 内在筋はアーチ支持に重要
- SFEには習得困難という課題がある
- NMES+遠心性負荷は短時間で安全に筋腫脹を引き起こす
- 将来的な筋肥大につながる可能性あり
ということが明らかとなりました。
扁平足や足部の不調に悩む方だけでなく、
スポーツ愛好家や高齢者の転倒予防にも応用できる可能性があり、
今後ますます注目される領域と言えるでしょう。
※本記事は、新R25に掲載された実績を持ち、トレーナー養成スクールの講師としても活動する井上裕司が監修しています。
健康・栄養・トレーニングに関する一般的な情報提供を目的としており、医療上の診断や治療を目的としたものではありません。
体調や症状に不安がある方は、必ず医師や専門の医療機関にご相談ください。
参考文献
足部アーチの改善を目的とした新しい足部内在筋トレーニングの開発. 県立広島大学大学院 博士論文, 2025.


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