こんにちは!
トレーナー育成講師の井上裕司です。
筋肥大トレーニングにおいて、セット数は最も議論されやすいテーマである。多くのトレーニーや指導者は、「筋肥大には十分なボリューム(総負荷量)が必要」という前提を持っている。しかし、最新研究を精査すると “セット数の多さ=筋肥大の大きさではない” ことが明確になりつつある。
特に、スポーツ研究センターが示した
「ベンチプレスのセット数は筋肥大に有意差を生まない」
という結論は、従来のボリューム優位の考え方に一石を投じるものである。
本記事では、この研究の内容を軸に、最新の筋生理学・抵抗運動科学の知見を統合し、ベンチプレスの筋肥大における“本質的な刺激因子” を明確にしながら、トレーナー・研究者・上級者にも耐える専門性の高い解説を行う。

1. セット数は筋肥大の“決定因子”ではない ― 研究が示した現実
システマティックレビューは以下の条件を厳密に統制した先行研究のみを抽出している。
- ベンチプレスを種目として使用
- RT(レジスタンストレーニング)経験者のみ
- 男性のみ
- 負荷設定は1RM基準
- 1セット vs 3セット vs 5–8セットを比較
結果:すべての研究でセット数による有意差はなかった。
なぜこれほど厳密な条件で差が生まれなかったのか。
これは筋肥大研究の根幹に関わる問題である。
2. セット数で差が出ない“3つの科学的理由”
理由①:筋肥大は「張力刺激」に最も依存するため
筋肥大に最も強く影響する一次的メカニズムは 張力媒介型刺激(mechanical tension) である。
張力刺激は以下によって最大化される:
- 十分に重い負荷(1RMの65〜90%)
- 筋長の変化幅が大きい動作
- 高いモーターユニット動員
- 疲労によるI〜IIx筋線維の統合的使用(RPE 8〜10)
言い換えれば、
▶ 必要強度を満たした“数セット”で、胸筋はほぼ最大限刺激される。
3セット vs 5セットの差は、「必要刺激の閾値を超えているかどうか」が重要で、閾値を超えた後のセット追加は効果が逓減する。
これを 閾値モデル(threshold model) と呼ぶ。
理由②:筋タンパク合成(MPS)は“セット数より強度”で決まる
MPSは筋肥大の直接的ドライバーであり、RT後24〜48時間で上昇することが知られている。
MPSを最大化する条件:
- 1RMの65%〜85%
- 限界近くまでの反復
- 筋線維の広範囲動員
ここでも、
▶ “限界近くまで追い込んだ数セット”の方が、浅い刺激の8セットより効果が高い。
複数の研究で「ボリュームよりも重量・RPEが重要」という傾向が報告されている。
理由③:経験者は神経系適応が飽和しているため“セット追加の恩恵が少ない”
レビュー対象はすべて RT経験者。
経験者は以下の特徴を持つ:
- 低〜中強度ではモーターユニットが飽和しやすい
- 中重量〜高重量での張力刺激がないと反応しにくい
- 神経系の適応が進み、筋肥大の誘発が難しい
- 筋損傷の増加による回復妨害が起きやすい
つまり、
▶ 経験者ほど“刺激の質”が大切で、“量”の追加は無駄になりやすい。
3. ベンチプレス特有の筋肥大特性 ― セット数の影響が小さい理由
ベンチプレスは複合関節運動であり、大胸筋・三角筋前部・上腕三頭筋の3部位が主に動員される。
以下の理由で「刺激集中」が起こりにくい:
- 1セット内で多関節的に疲労が分散される
- 胸の疲労前に三頭や肩が先に限界を迎えやすい
- 高重量使用により1セットで高モーターユニット動員が完了する
- 筋長が比較的小さく、大胸筋のストレッチ刺激が限定的
結果として、
▶ 1セットあたりの刺激密度が高く、数セットでほぼ最大刺激に到達する。
これは孤立種目(フライなど)と異なる。
4. “セット数を増やすほど良い”は絶対原理ではなく、条件付きでしか成立しない
筋肥大を語る際によく引用されるメタ分析は、
1部位10セット以上/週で最大肥大
という結論を出しているが、以下の重大な限界がある:
- 研究の多くが初心者・中級者
- 複数の種目を含む(ベンチ+フライ+ディップなど)
- 疲労管理の差が大きい
- フォームや可動域の個体差が大きい
そして何より、
▶ 120セット/週の化け物みたいな研究(実質ノイズ)が混ざっている。
これらの問題を除外した「質の高いセット数研究」では、
“セット数は筋肥大の主要決定因子ではない”
という結論が支持されつつある。
まさにこの高クオリティラインに位置する。
5. 本質:筋肥大は「強度 × 効率 × 回復」の3軸で決まる
セット数はこの中で「効率」の一要素にすぎない。
① 強度(Intensity)
最重要。
1RMの65〜90%で張力刺激を与える。
② 効率(Efficiency)
セット数・レップ数・種目選択・フォーム品質。
効率が高い=少ないセットで強い刺激を与えられるフォーム。
③ 回復(Recovery)
睡眠・栄養・ホルモン。
セット数を増やすと回復が遅れ、結果的に筋肥大が阻害されるリスクがある。
6. ベンチプレスの筋肥大を最大化する“科学的優先順位”
以下は最新の筋肥大理論を統合した優先順位である。
優先度①:高張力 (High Mechanical Tension)
- 1RM 70〜85%
- RPE 8〜10
- トレーニング中の重量進捗(漸進性)
優先度②:筋長刺激(ストレッチ刺激)
ベンチプレスはストレッチ刺激が弱い。
そのため:
- ダンベルフライ
- インクラインダンベル
- ストレッチプレス
などを組み合わせる必要がある。
優先度③:疲労度(Failure Proximity)
- RIR 0〜2(限界近く)
- 長すぎる休息は代謝刺激が弱い(ただし筋肥大への影響は小)
優先度④:セット数(Volume)
正直、優先順位は高くない。
経験者なら、
▶ 1セッションあたり 3〜6セットで十分。
7. 筋肥大を最大化したい経験者に最適な“胸トレプロトコル”
以下は研究的根拠と実践性を兼ね備えたメニュー。
■ 週2回:ベンチプレス中心の筋肥大メニュー(経験者)
DAY1:高重量ベース(張力重視)
- ベンチプレス
5×5(1RM 80–85%) - インクラインベンチ
4×6–8 - ディップス(加重)
3×6–10
目的:高張力刺激 / モーターユニット動員の最大化
DAY2:中重量ベース(ストレッチ&代謝刺激)
- ベンチプレス
3×8–10 - ダンベルフライ
4×10–15(ストレッチ重視) - ケーブルフライ(下部)
3×12–15 - プルオーバー
2〜3セット
目的:筋長刺激 / 代謝ストレスの付加
■ 合計セット数:
- ベンチプレス:8セット
- 胸全体:18〜20セット
これは経験者にとって最適なレンジにある。
8. “セット数を増やしすぎる”と逆に筋肥大を阻害する
以下の問題が起きる:
- 中枢疲労で高重量が扱えなくなる
- 可動域が狭くなる(フォーム劣化)
- 傷害リスクの増大
- 回復不足でタンパク合成が低下
- ホルモンプロファイルの悪化
セット数に差が出なかったのは、
「そもそも経験者において、セット数は効果を左右しない」
ことを示す重要な証拠である。
9. ベンチプレスの筋肥大を最大化する“フォーム科学”
高い張力刺激を得るためにはフォームの最適化が必須。
① 肩甲骨は“下制+軽度内転”
胸を張る目的ではなく、上腕骨ヘッドの位置安定が主目的。
② グリップ幅は「1.5倍肩幅」付近が最も胸に効く
メタ分析でも支持されている。
③ 降ろす位置は“乳頭ライン”
上部胸を狙いすぎると肩前部に逃げる。
④ 可動域は“上腕が床と平行→やや下”まで
ベンチプレスはフルROMでもストレッチ刺激が弱いため
「ストレッチ種目との併用」が重要。
10. ベンチプレスの筋肥大と“三頭筋”の関係
ベンチプレスで最も疲労が溜まりやすいのは三頭筋(外側頭)。
三頭筋が先に限界を迎えると胸の張力刺激が低下し、
「胸に効かないベンチ」になる。
対策:
- 三頭の独立強化
- ワイドグリップ気味(胸への負荷増加)
- トップで“肘を伸ばし切らない”
- アンバランスな重量設定を避ける(肩主導になる)
11. 結論:ベンチプレス筋肥大の本質は“セット数ではなく刺激の質”である
筋肥大を最大化したい経験者にとって、最も重要なポイントは以下の通り。
■ セット数は筋肥大の主要因ではない
菅谷ら(2021)のレビューが証明。
■ 経験者は「質の高い少数セット」で最大効果が得られる
1〜5セットの間で差が出にくい。
■ 最重要因子は:張力・漸進性・筋長刺激
この3つが揃えばセット数は自然に適正化される。
■ ベンチプレスは刺激密度が高い“閾値型種目”
少数セットで十分刺激が完了する。
■ 過度なセット数は回復を妨げ、逆に筋肥大を阻害する
※本記事は、新R25に掲載された実績を持ち、トレーナー養成スクールの講師としても活動する井上裕司が監修しています。
健康・栄養・トレーニングに関する一般的な情報提供を目的としており、医療上の診断や治療を目的としたものではありません。
体調や症状に不安がある方は、必ず医師や専門の医療機関にご相談ください。
参考文献(末尾まとめ)
- 菅谷亮介・大橋遼雅(2021)「ベンチプレスにおけるセット数の違いが筋肥大に及ぼす影響」法政大学スポーツ研究センター紀要, 39, 91–95.
- Schoenfeld BJ. (2017). “Volume as a primary driver of hypertrophy.”
- Schoenfeld BJ, et al. (2019). “Resistance training volume enhances muscle hypertrophy but not strength.”
- Morton RW, et al. (2019). “Training for strength and hypertrophy: an evidence-based approach.”
- Radaelli R, et al. (2015). “Dose-response of sets and hypertrophy.”
- Krieger JW. (2010). “Single vs multiple sets meta-analysis.”
- Phillips SM. (2014). “A brief review of critical processes in exercise-induced muscle hypertrophy.”

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