こんにちは!
トレーナー育成講師の井上裕司です。
日本は世界でも有数の長寿国となり、平均寿命は女性で87歳、男性で81歳を超える水準に到達しました。しかし、健康に自立して生活できる「健康寿命」との間には依然として約10年の差があります。この差を埋めることが社会の課題であり、その中心にあるのが「骨粗鬆症」です。
骨粗鬆症による骨折は、要介護や寝たきり、さらに認知症の進行を引き起こす大きな要因です。特に大腿骨頸部骨折は一度発症すると日常生活への復帰が困難であり、死亡率の上昇にも直結します。
近年の研究で明らかになっているのは、骨粗鬆症は「加齢による自然な結果」ではなく、若い頃からの生活習慣の積み重ねによって予防可能な病気であるということです。特に思春期から30代までに獲得する「最大骨量」の多寡が、将来の骨粗鬆症発症リスクを決定づけます。
つまり、若い世代の「ダイエット志向」や「不規則な生活」が、そのまま中高年期以降の骨の脆弱性に直結するのです。

骨粗鬆症の基礎と発症メカニズム
骨は外見上は硬く不変の組織に見えますが、実際には常に骨形成と骨吸収のリモデリングを繰り返しています。
- 骨芽細胞(osteoblast):コラーゲンを主体とする骨基質を合成し、ヒドロキシアパタイトを沈着させて新しい骨をつくる。
- 破骨細胞(osteoclast):酸と酵素を分泌し、古い骨を溶解・吸収する。
このバランスを調整する分子機構の中心が RANK/RANKL/OPG系 です。RANKLは破骨細胞の分化を促進する因子であり、これを抑制するのがオステオプロテゲリン(OPG)です。加齢やエストロゲン低下によりRANKLが優位になると、破骨細胞が活性化し骨吸収が加速、結果として骨量が減少します。
さらに、骨代謝は全身性のホルモンに強く依存しています。
- 副甲状腺ホルモン(PTH):低カルシウム血症時に分泌され、骨吸収を促進し血中カルシウムを維持。
- カルシトニン:甲状腺から分泌され、破骨細胞を抑制し骨吸収を抑える。
- 活性型ビタミンD(1,25(OH)₂D):腸管からのカルシウム吸収を促進し、骨形成を助ける。
- エストロゲン:破骨細胞のアポトーシスを誘導し、骨吸収を抑制する。
この複雑な調節機構が崩れたとき、骨粗鬆症が進行します。
特に女性は閉経に伴う急激なエストロゲン低下が骨量減少を加速させます。
女性ホルモンと骨量の変化
骨量は男女ともに20代後半をピークにしますが、男女でその後の経過は異なります。
- 男性:骨量の減少は比較的緩やか。
- 女性:閉経後に急激に骨量が減少。
これはエストロゲンの有無が大きな要因です。エストロゲンは破骨細胞の活動を抑制するため、閉経後は骨吸収が一気に優位となり、年間2〜3%という速度で骨密度が低下することもあります。
このため女性における骨粗鬆症の発症率は男性の約5倍にのぼり、50歳以上の女性の2人に1人が骨粗鬆症またはその予備軍と推定されています。
若年層のダイエットと骨粗鬆症リスク
現代の若年女性は「やせ志向」が強く、厚生労働省の調査でも20代女性のBMI平均値は世界的に見ても低水準であることが報告されています。
間違ったダイエットの典型例
- 朝食抜き:国民栄養調査で20代女性の15.9%が該当。
- 炭水化物制限:糖質を極端に減らすことでエネルギー不足を招く。
- 下剤・嘔吐の乱用:摂食障害に直結。
- サプリメント依存:本来の食事バランスが崩れる。
これらは以下のような病態を引き起こします。
- カルシウム不足 → 骨形成不全
- タンパク質不足 → 骨基質形成低下
- ビタミンD不足 → カルシウム吸収不良
- 無月経 → エストロゲン低下による骨吸収促進
BMIが17以下の「やせ群」は、標準体重群に比べて腰椎骨密度が有意に低いことが報告されており、10代からの骨量不足がそのまま中高年の骨粗鬆症リスクに直結します。
さらに神経性食欲不振症においては、体重が回復しても骨密度は十分に戻らない例が多く、若年期の低骨量は不可逆的であることが強調されています。
骨形成期の栄養の重要性
骨量のピークである「最大骨量」は、思春期から30代にかけて決まります。この時期に十分な栄養が摂取できなければ、その後の骨量を取り戻すことは困難です。
特に重要な栄養素は以下の通りです。
- カルシウム:推奨摂取量は18〜29歳女性で650mg/日。牛乳200mlで約220mgを摂取可能。
- タンパク質:骨基質の約30%を構成。大豆・魚・肉をバランスよく摂取。
- ビタミンD:サケ、サンマ、きのこ類に豊富。日光浴でも皮膚で合成。
- ビタミンK:納豆に多く含まれ、骨タンパク質オステオカルシンを活性化。
- マグネシウム:骨中ミネラルの一部。豆類・雑穀に豊富。
しかし現状では、10〜30代女性のカルシウム摂取量は推奨量の70〜80%にとどまり、栄養バランスの乱れが顕著です。
骨粗鬆症予防の生活戦略
食事
- 乳製品を毎日取り入れる
- 魚、大豆、野菜をバランスよく組み合わせる
- 加工食品や清涼飲料の過剰摂取を避ける
運動
- 有酸素運動:ウォーキング・ジョギングは骨への衝撃刺激となり骨密度維持に有効。
- 無酸素運動:スクワットやダンベル運動は骨形成を促進。
- 転倒予防運動:バランストレーニング、ヨガ、太極拳が高齢者に有効。
生活習慣
- 日光浴:1日15分の屋外活動でビタミンD合成を促進。
- 禁煙:喫煙は骨吸収を促進。
- 適度な飲酒:過度のアルコールは骨形成を抑制。
まとめ
骨粗鬆症は「加齢の必然」ではなく、「ライフコース疾患」です。思春期から30代までに十分な骨量を蓄えることが、その後の骨折リスクを大きく左右します。
若年期の無理なダイエットや不規則な食生活は、将来の骨粗鬆症を招く“静かなリスク”です。逆に、バランスの取れた食生活、適度な運動、良好な生活習慣を心がければ、骨は強く保たれ、健康寿命の延伸につながります。
骨の健康は「未来への投資」です。今日から少しずつ、「骨の貯金」を始めていきましょう。
※本記事は、新R25に掲載された実績を持ち、トレーナー養成スクールの講師としても活動する井上裕司が監修しています。
健康・栄養・トレーニングに関する一般的な情報提供を目的としており、医療上の診断や治療を目的としたものではありません。
体調や症状に不安がある方は、必ず医師や専門の医療機関にご相談ください。
引用文献
- 江澤郁子「間違ったダイエットの骨への影響」日本家政学会誌 Vol.52, No.10, 1029–1034, 2001.
- 野澤志朗, 太田博明『QOL向上のための更年期女性のヘルスケア』医薬ジャーナル社, 1994.
- 厚生労働省「国民健康・栄養調査」第一出版, 1999・2001.
- 水口弘司ほか「神経性食欲不振症における骨密度の低下」思春期学, 9, 186, 1991.
- Suzuki Y.「摂食障害と骨病変」Clinical Calcium, 6, 1261–1264, 1996.
- 日本骨粗鬆症学会「骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン」2021年改訂版.
- Kanis JA, et al. “Epidemiology of osteoporosis and fragility fractures.” Lancet. 2021.
- Misra M, Klibanski A. “Endocrine consequences of anorexia nervosa.” Lancet Diabetes Endocrinol. 2014.
- Weaver CM, et al. “Calcium plus vitamin D supplementation and risk of fractures.” N Engl J Med. 2016.
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