こんにちは!
トレーナー育成講師の井上裕司です。
三段跳びは、陸上競技の中でも特に「感覚に頼る競技」と言われることがあります。助走のスピードを保ちながら、ホップ・ステップ・ジャンプの三動作を連続させる――その複雑さゆえに、選手自身も「なぜうまく跳べたのか、なぜ失敗したのか」を明確に説明できないことが少なくありません。
しかし近年、この競技を 物理学的に解析する動き が進んでいます。速度、角度、接地時間、力積といった力学の原則を適用することで、「跳躍のメカニズム」は数値で説明できるようになってきました。
つまり三段跳びは、単なる「ジャンプ力勝負」ではなく、物理法則に従った合理的な動作の積み重ねなのです。
本記事では、跳躍の物理学を分かりやすく解説しながら、選手や指導者が「なぜそう跳ぶべきなのか」を理解できる視点を提供します。競技を「科学」で読み解くことで、さらなる記録更新へのヒントが得られるはずです。

1. 跳躍の物理モデル:なぜ「高く」より「速く」なのか?
跳躍は基本的に「斜方投射」の物理法則に従います。
物体を速度 vv、角度 θ\theta で投射したときの飛距離 RR は次式で表されます。
R=v2sin(2θ)gR = \frac{v^2 \sin(2\theta)}{g}
ただし、三段跳びでは「地面からの反発」と「連続動作による減速」が絡むため、単純な投射運動では説明できません。
重要なのは以下の2点です。
- 速度(v)をいかに保つか
- 角度(θ)をどこまで抑えられるか
つまり「高く跳ぶ」のではなく、低い角度で水平方向のスピードを維持することが求められるのです。
2. 力積と接地時間
三段跳びの動作を理解する上で欠かせないのが「力積(Impulse)」の概念です。 Impulse=F×t=mΔvImpulse = F \times t = m \Delta v
- FF:地面からの反発力
- tt:接地時間
- mm:体重
- Δv\Delta v:速度の変化
選手が地面を押す力積が大きければ大きいほど、速度変化(加速・減速)をコントロールできます。
しかしポイントは「接地時間を長くしすぎないこと」です。
- 長すぎる接地 → 減速が大きい
- 短すぎる接地 → 力を伝えきれない
トップ選手は 0.12〜0.16秒程度の接地で最大の力積を発揮しています。
3. 各局面の物理学
(1) ホップ局面
- 助走速度の 95%以上を維持する必要あり
- 接地角度は 約70°前後(重心より少し前に接地)
- 垂直成分よりも「前方への速度保持」が優先
物理的には、速度ベクトルを垂直と水平に分解したとき、水平成分の損失を最小化することが重要です。
(2) ステップ局面
- 最も減速しやすい局面
- 接地での力積が **「減速方向」ではなく「前方推進方向」**に働くよう制御が必要
- 上体の角度を垂直に近く保つことで、垂直方向へのロスを防ぐ
力学的には「作用・反作用の法則」が働いており、接地時に後ろ向きの力を加えてしまうと、そのまま減速要因になります。
(3) ジャンプ局面
- 最後の跳躍は「高さ」と「前方推進」の両立が必要
- 接地角度は 約75〜78°
- この局面のみ垂直成分を大きくし、滞空時間を確保する
物理的には、ここで「垂直速度成分」を増大させることで、最終的な到達距離が決まります。
4. エネルギー効率と反発係数
三段跳びにおける「効率の良い跳躍」とは、力のエネルギーをいかに失わず次に伝えるかです。
接地時には地面との「反発係数(Coefficient of Restitution)」が影響します。
- 理想的には、垂直方向のエネルギーは抑え、水平エネルギーを維持
- 実際には、地面との接触で一部のエネルギーが熱や摩擦として失われる
ここで鍵になるのが「腱の弾性エネルギー」。
アキレス腱や足底腱膜がバネのように機能し、吸収したエネルギーを次の跳躍に還元します。
5. 上級選手と中級選手の違い(物理的視点)
- 上級者:水平速度の維持率が高く(90%以上)、各局面での接地時間が短い
- 中級者:垂直方向に跳びすぎ、助走スピードを失うケースが多い
つまり、記録を伸ばすには「より大きな力を発揮する」よりも、いかにロスを減らすか(エネルギー効率を上げるか)が重要になります。
まとめ
三段跳びの「跳躍力」を物理学的に分析すると、以下のポイントが見えてきます。
- 跳躍距離は「速度 × 角度」の最適化で決まる
- 接地の力積は 短時間(0.12〜0.16秒)で最大化する必要がある
- ホップ・ステップでは高さを抑え、水平速度を維持
- ジャンプ局面で初めて垂直速度を大きくし、滞空時間を確保
- エネルギーロスを減らす「腱のバネ作用」が記録向上に直結
科学的な視点を持つことで、選手は「感覚」ではなく「原理」に基づいた跳躍を追求できます。
※本記事は、新R25に掲載された実績を持ち、トレーナー養成スクールの講師としても活動する井上裕司が監修しています。
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